2010年 04月 12日
ハーバード白熱教室(第1回Part1) |
見逃した1回目の講義(の前半)をYouTubeで視た。
Episode One Part 1 - The Moral Side of Murder
次はその簡単なまとめ。
1.路面電車、ブレーキ故障、前方には5人の作業員、このままだと5人を引き殺す、オプション、右の線路にハンドルを切れば、1人の作業員をひき殺すだけで済む。さて、運転手はハンドルを切るべきか否か? (急な状況で他に選択肢はないものとする)
2.それを傍らであなたが見ていたとする。隣に太った男。かれを線路につき落とせば路面電車は止まり、5人の命は救われる(彼は死ぬが)。つき落とすべきか否か?
学生諸君に手をあげてもらったところ、
1では大多数が「ハンドルを切るのが正しい」
2では「つき落とすべきではない」
と解答。
なぜこの違いがでてくるのか。理由があるはずだ。それは何か?
たとえばこれらが道徳上の問題。
道徳上の問題についてあれこれ考える(つまり哲学する)ことには、2種類のリスクが伴う。
1.個人的リスク:当たり前のことを当たり前でなくする。心から「安定」を奪う。
2.政治的リスク:既存の体制をそのまま受け取る態度が失われる。目覚めた責任ある市民になれるかもしれないが、悪い市民にしてしまうかも。
大昔、ソクラテスに向かってカリクレスという人物がこのことを指摘(プラトン「ゴルギアス」)。若いうち哲学するのはいいが、長じてからも続けるのは有害。世間の評判にしたがい生きるべき。哲学を続けることは人生を台無しにする。
これは(哲学に対する)懐疑論。アリストテレス、ロック、カント、ミルたちがそれらの問題を考えてきたが、いまだに解決されていない。ということは、哲学上の問題は解決不可能だということだ。そんなことにかかわりあわないほうがよい。哲学などやめて、(たとえば)ビジネススクールに通ったほうがよい。
しかし、懐疑論は問題回避。それは解決にはならない:カント「懐疑論は独断のまどろみから覚めた人間理性の休息所。しかし永久にとどまれるような場所ではない。理性は繰り返し同種の問題を問いかけてくる」
哲学上の問題が、世代を超えて繰り返しあらわれ、そのつど議論されてきたことは歴史的な事実。この事実は、哲学上の問題が、ある意味解決不可能かもしれないが、われわれにとって避けることのできない問題であることを示唆する。問題は日々繰り返しあらわれ、われわれは、問いと解答との間で格闘しなければならない。
すぐれたイントロダクション。
カリクレスが哲学的思考は人生(キャリア)にとって有害と指摘したことを、哲学にたずさわることにはリスクがある、と言い換え、そのリスクの内容を説明した上で、君たちはリスクをおかす?と挑発している。
あえてリスクをとる(自由に思考する人間であることを選ぶ)学生諸君が年1000人とは、何かうらやましい。
Episode One Part 1 - The Moral Side of Murder
次はその簡単なまとめ。
1.路面電車、ブレーキ故障、前方には5人の作業員、このままだと5人を引き殺す、オプション、右の線路にハンドルを切れば、1人の作業員をひき殺すだけで済む。さて、運転手はハンドルを切るべきか否か? (急な状況で他に選択肢はないものとする)
2.それを傍らであなたが見ていたとする。隣に太った男。かれを線路につき落とせば路面電車は止まり、5人の命は救われる(彼は死ぬが)。つき落とすべきか否か?
学生諸君に手をあげてもらったところ、
1では大多数が「ハンドルを切るのが正しい」
2では「つき落とすべきではない」
と解答。
なぜこの違いがでてくるのか。理由があるはずだ。それは何か?
たとえばこれらが道徳上の問題。
道徳上の問題についてあれこれ考える(つまり哲学する)ことには、2種類のリスクが伴う。
1.個人的リスク:当たり前のことを当たり前でなくする。心から「安定」を奪う。
2.政治的リスク:既存の体制をそのまま受け取る態度が失われる。目覚めた責任ある市民になれるかもしれないが、悪い市民にしてしまうかも。
大昔、ソクラテスに向かってカリクレスという人物がこのことを指摘(プラトン「ゴルギアス」)。若いうち哲学するのはいいが、長じてからも続けるのは有害。世間の評判にしたがい生きるべき。哲学を続けることは人生を台無しにする。
これは(哲学に対する)懐疑論。アリストテレス、ロック、カント、ミルたちがそれらの問題を考えてきたが、いまだに解決されていない。ということは、哲学上の問題は解決不可能だということだ。そんなことにかかわりあわないほうがよい。哲学などやめて、(たとえば)ビジネススクールに通ったほうがよい。
しかし、懐疑論は問題回避。それは解決にはならない:カント「懐疑論は独断のまどろみから覚めた人間理性の休息所。しかし永久にとどまれるような場所ではない。理性は繰り返し同種の問題を問いかけてくる」
哲学上の問題が、世代を超えて繰り返しあらわれ、そのつど議論されてきたことは歴史的な事実。この事実は、哲学上の問題が、ある意味解決不可能かもしれないが、われわれにとって避けることのできない問題であることを示唆する。問題は日々繰り返しあらわれ、われわれは、問いと解答との間で格闘しなければならない。
すぐれたイントロダクション。
カリクレスが哲学的思考は人生(キャリア)にとって有害と指摘したことを、哲学にたずさわることにはリスクがある、と言い換え、そのリスクの内容を説明した上で、君たちはリスクをおかす?と挑発している。
あえてリスクをとる(自由に思考する人間であることを選ぶ)学生諸君が年1000人とは、何かうらやましい。
by omg05
| 2010-04-12 14:39
| political phil.
|
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