2011年 10月 22日
常不軽菩薩の行ぞ殊勝なりける |
久しぶりに良寛和尚。
「良寛入門」(http://www.owari.ne.jp/~fukuzawa/ryoukan.htm)
を拝読していたら,次の一節が目にとまった。
良寛は「南無帰命常不軽」と誌し、
僧は万事はいらず常不軽菩薩の行ぞ殊勝なりける
と歌っている。
常不軽は法華経の常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)品で説かれる菩薩で、人に会えば必ず礼拝をして、「我敢へて汝等を軽しめず。汝等皆当に作仏すべきが故に」と、衆生の心に宿る仏心を目ざめさせようとしたと言う。人々が杖木で打ち、瓦石を投げてののしると避けて逃げるが、なお遠くから礼拝することをやめなかったこの尊い菩薩こそ釈迦仏の前身であったと経は説く。
賢治も法華経・常不軽菩薩品を愛読していたとのこと。
さすが良寛和尚,見事な歌である。
僧についての彼の哲学が余すことなく述べられている。
「良寛入門」(http://www.owari.ne.jp/~fukuzawa/ryoukan.htm)
を拝読していたら,次の一節が目にとまった。
良寛は「南無帰命常不軽」と誌し、
僧は万事はいらず常不軽菩薩の行ぞ殊勝なりける
と歌っている。
常不軽は法華経の常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)品で説かれる菩薩で、人に会えば必ず礼拝をして、「我敢へて汝等を軽しめず。汝等皆当に作仏すべきが故に」と、衆生の心に宿る仏心を目ざめさせようとしたと言う。人々が杖木で打ち、瓦石を投げてののしると避けて逃げるが、なお遠くから礼拝することをやめなかったこの尊い菩薩こそ釈迦仏の前身であったと経は説く。
賢治も法華経・常不軽菩薩品を愛読していたとのこと。
さすが良寛和尚,見事な歌である。
僧についての彼の哲学が余すことなく述べられている。
by omg05
| 2011-10-22 22:48
| religion
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