共有知3 D.ルイス4 |
共有知識に対する以上のルイスの分析に対し,高階の相互期待の成立に関する以下の疑問は自然である。
ルイスによれば,2人の間の調整問題は,「ある事柄の生起を私も君も予期し,君がそう予期していることを私が予期し,私が同様に予期していることを君も予期し,…」という(一階および高階の)相互予期のシステムが成立することにより解かれる。相互予期のシステムの中の「予期する」を「知っている」で置き換えれば,ただちに共有知識の反復的概念が得られる。この意味で,一階および高階の相互予期のシステムは共有知識の反復的概念の原型的表現であることに注意しよう。上の定義の意味での共有知識は高階の相互予期の成立をもたらすであろうか。
基底Bが成立するとき,定義からそれは
(1) B が成立していることを信じる理由を集団Pの全員がもつ。
(2) B が成立していることを信じる理由を集団Pの全員がもっている ことを,B は集団Pの全員に示す。
という性質をもつ。(1)より,全員が B の成立を信じる理由をもつ。そして,(2)より,B は「全員が B の成立を信じる理由をもつ」こと自身を全員に示す。
ここから導けることは,(P={1,2}として)基底 B が成立するとき,「1は B を信じる理由をもっている,かつ,2は B を信じる理由をもっている(以上(1)より),かつ,1は2が B を信じる理由をもっていることを信じる理由をもっている,かつ,2は1が B を信じる理由をもってことを信じる理由をもっている(以上(2)と「示す」の定義より)(4)」という事態の成立である。ある人がある事柄の成立を信じる理由をもつことと,その人がその事柄の成立を予期することと同じではないが,ここではさしあたり両者の区別にこだわらないこととしよう。すると,上の事態は「1は B を予期している,かつ,2は B を予期している,かつ,1は2が B を予期していることを予期している,かつ,2は1が B を予期していることを予期している」という事態と同一視できる。これで,2階の相互予期のシステムまで導かれたことになる。しかし,あくまで,2階までだけで3階以上において成立することは言えない。基底 B について2階までの相互予期が成立するだけである以上,B が全員に示す事柄についても,3階以上の相互予期の成立は望めないであろう。少なくとも,上の定義中にはそれを保証する条件は見あたらない。
この問題に対し,ルイスは次のように対応している。まず,事柄___によっては,「B は,___であることの任意に高階の予期を形成するために必要な情報の一部を,Pのメンバーに与える」だけである可能性があることを認める(つまり,事柄によっては,基底 B だけでは高階の相互予期のシステムのいわば全空間を張れない可能性があることを認める)。次に,任意に高階の予期を形成するために必要な残りの仮定は,集団のメンバーが「何らかの共通の帰納的推論基準,背景情報,合理性など」を互いに帰しあっているという命題であると述べて(Lewis,1969,pp.56-57),議論をそこで打ち切っている。