意思決定の基礎3 |
ベイズの定理
主観的期待効用理論により存在保証される主観確率を決定分析のために積極的に用いようとする立場をとる人々が,いわゆる「ベイジアン」(Bayesian)である。決定分析の道具として信念の度合の測度である主観確率を用いることに対しては当初大きな抵抗があったが,今日かなりの数のゲ-ム理論家,決定分析家がベイジアンである。かれらがベイジアンと呼ばれる理由は,かれらの分析が,ト-マス・ベイズ(Thomas Bayes,1702-1761)による次のような定理を基礎に置くゆえである。
Ωを起こりうる可能な自然の状態全体の集合,A1,A2,...,An をその部分集合である「事象」とする。それらに対し,
(1) A1,A2,...,An のどれかが起こる。しかし,
(2) 異なったAiとAjは同時に起こらない。
ものとする。いま, A1,A2,...,An の確率を
P(A1), P(A2),...,P(An)
とし,また,各 A1,A2,...,An が起こったときのBの条件付確率を
P(B|A1), P(B|A2),...,P(B|An)
とすれば(ただし, P(B|Ai) = P(B∩Ai)/ P(Ai), i=1,2,..,n)),逆に,Bが起こったときのAi の条件付確率 P(Ai|B) は,
(*) P(Ai|B) = P(Ai) P(B|Ai)/ P(A1) P(B|A1)+ P(A2) P(B|A2) + …
+ P(An) P(B|An)
で計算される。
これがベイズの定理(Bayes’theorem)である。
そこにおいてあらかじめ与えられる P(Ai)を「Aiの事前確率」(prior probability)という。これは,事象 Ai の起こりやすさに対する(当該プレ-ヤ-の)事前的評価をあらわす。また, P(Ai|B) を「Bが起こったことを知ったときのAiの事後確率」 (posterior probability) という。これは,Bが起こったという情報をえた後の Ai の起こりやすさに対する彼の事後的評価をあらわす。なお,あらかじめ与えられている事前確率P(A1), P(A2),...,P(An)の組を{A1,A2,...,An}の上の「事前確率分布」,事後確率P(A1|B), P(A2|B) ,..., P(An|B)の組を「事後確率分布」と言う。公式(*)は,事前確率分布を得られたデ-タに基づき事後確率分布に変換する方式を与える。
オオカミ少年の例
よく知られた話でベイズの定理とその用いられ方を例証しよう
(この分析は松原 望「意思決定の基礎」(1977,pp.20-23)による)。
それは次の童話である。
少年は本当はうそつきなのであるが,村人は事前にそのことを知らず最初は中立である。オオカミが来たとうそをつくことを繰り返すたびに,彼はうそつきであるという村人の確信が形成され高まってゆく。ある水準までそれが高まると彼を信用しなくなる。たとえ彼がはじめて真実を告げたとしても,村人の確信を中立まで戻すには足りない。
少年の性行についてありうる自然の状態は
ω1: 少年はうそつきである
ω2: 少年は正直である
である。村人が経験する現象は,各時点で
B :少年がうそをつく(「オオカミが来た」と言ったが,実際来なかった)
B’: 少年が正直に告げる(「オオカミが来た」と言って,実際来た)
である。最初の事前確率は,P(ω1)= P(ω2) = 1/2 であるとする(少年がうそつきであるかどうかについて村人は最初は中立)。そして,P(B|ω1)=2/3, P(B’|ω1)= 1/3, P(B|ω2) = 1/4, P(B’|ω2) = 3/4 としよう(もし彼がうそつきならば,かれがうそをつく確率は高い(2/3),もしうそつきでなければ,うそをつく確率は低い(1/4),等々のことが一般常識として知られているものと仮定)。このとき,少年が最初にうそをついたときの彼がうそつきであるという確率(事後確率)P(ω1| B )は,ベイズの定理に従って,
P(ω1| B )= 1/2・2/3 / (1/2・2/3)+(1/2・1/4) = 8/11
となり,最初の事前確率より彼がうそつきであるという心証は高まる。次に再び,少年がうそをついた場合,すでに高まった心証を事前確率として用い,同様の計算により,2期目の事後確率がさらに高まる。以下同様に,うそが重なるとともに村人の少年に対する「彼はうそつきだ」という心証が高まっていき,さして回数を重ねないうちに(5回目程度)それがほとんど確信にまで高まることが分析される。
これからわかるように,ベイズの定理は,事象の起こりやすさに対するプレ-ヤ-の事前的な見込みを実際にえた情報でアップデイトするやり方を教える。この意味で,それは信念の形成の論理-確率的信念の事実情報によるアップデイトの論理を与えている。